一度も敗れなし!趙子龍に敗れたことで永く名を残した将軍たちを振り返る
【⑤ 慕容烈:曹操軍の「守備の名手」】
曹操の配下として、許昌周辺の要衝を守備する任務を担いました。潼関の戦いでは、馬超の猛攻を防ぐため、陣地の防御施設を迅速に構築し、敵の攻撃を長期間にわたって阻止しました。また、濡須口の戦いでは、孫権軍の水軍攻撃に対し、陸上からの弓矢攻撃と伏兵で対抗し、多くの敵兵を殲滅しました。
厳格な律義の武将
慕容烈は曹操の旧臣で、出自は中原の武士の家系です。若い頃から軍紀を重視し、自分自身も厳しい律儀で自らを律していました。部下たちに対しても厳しい一方、戦後は必ず部下の福利を考える心配りも持っています。曹操の「挟天子以令諸侯」の政策には疑問を抱いていましたが、曹操の知遇之恩を忘れず、最後まで曹操に忠節を尽くす武将です。
漢中の戦い「防御 vs 突破」
漢中の戦いで、慕容烈は曹操軍の守備陣地を指揮し、劉備軍の進撃を阻止しました。慕容烈は陣地に塀や塹壕を設け、弓矢や投石機を配置して「鉄壁の防御線」を構築しました。趙雲は劉備の命令を受けてこの陣地を突破する任務を与えられ、少数の精鋭騎兵で突撃を試みました。慕容烈は防御陣を固めて趙雲の攻撃を迎え撃ちましたが、趙雲は部下と協力して防御の弱点を突き、敵の陣地に切り込みました。混戦の中、慕容烈は趙雲と直接対決しましたが、趙雲の神速な槍法に敵わず、間もなく討ち取られました。この戦いは「鉄壁の防御を打ち破る猛將の進撃」として、漢中の戦いの重要なターニングポイントとなりました。
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