三国志五大「刀神」武力ランキング:関羽は3位、1位は呂布に劣らない

第一位:黄忠
黄忠という存在は、武力が年齢とともに衰えるという鉄則を打ち破った。その刀法は、六十歳という高齢になっても絶頂期の関羽と互角に渡り合い、その全盛期を想像するならば、呂布の「天下無双」の座をも揺るがし、「刀神」の筆頭に躍り出るに足るものである。
1. 関羽との対決という神懸った戦い
長沙城下での黄忠と関羽の三度にわたる大戦は、演義の中でも最も技術的含みと哲学的意味合いを持つ頂点対決である。初戦、「二将百余合戦い、勝負つかず」。韓玄は黄忠に万一あってはと鳴り物を鳴らし、関羽は陣に戻って「老将黄忠、その名に偽りなし」と感嘆した。この戦いで関羽の軽蔑の念は完全に消え、黄忠が絶対的な超一流の実力を持つことを天下に証明した。翌日、黄忠はさらに「弓神」たる本領を示し、もし関羽を情けで許さなければ勝利できたはずである。三日目、関羽が「拖刀計」を用いようとした時、黄忠は馬が躓いてしまった。この三度の戦いで、黄忠は刀法、弓術、武徳において完璧な武将の風範を全面的に示し、その刀法で絶頂期の関羽と正面から対峙したことは、他の「刀神」が成し得なかった確固たる証拠である。
2. 年齢の逆転から生まれる巨大な想像の余地
黄忠の武力を評価する鍵は、「年齢」という変数にある。関羽が黄忠と戦った時は48歳前後で、壮年の絶頂期にあった。一方、黄忠は還暦近くであり、冷兵器時代としては高齢といえた。演義には明確に「雲長、老将の刀法乱れず、全く隙なし」と書かれており、黄忠の体力と技巧が高齢時においても最高水準を維持していたことがわかる。これをもとに逆算すると、彼の壮年期の体力、スピード、爆発力は、いかに恐るべきものであったか。いわゆる「若き日の黄忠は呂布に匹敵する」というのは、決して空想ではなく、彼の老齢期の実績に基づく科学的推論である。この時間軸を越えた武力的な深さは、他の「刀神」の及ぶところではない。
3. 定軍山での夏侯淵討ちという絶頂の絶唱
黄忠の刀は、人生の最終段階においても新たな時代を切り開いた。定軍山の戦いでは、彼は曹魏の名将・夏侯淵を前にし、「鬨の声を上げ、山を駆け上がり」、高所から敵を見下ろす勢いをもって急襲し、夏侯淵を討ち取った。この戦いには謀略的な要素もあったが、万軍の中から敵将を急襲討ちするには、絶頂の武力、胆力、戦機を捉える能力が不可欠である。この戦いは直接的に漢中の戦いの帰趨を決定づけ、その戦略的価値と武力の展示は、彼個人の生涯はおろか三国の戦争全体の頂点に達した。一人の老将が、手にした一振りの刀で天下の大勢を決めることができたというこの境地は、すべての刀の名手を圧倒するものである。
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